電子書籍『ジャンケン基本論』試し読み版

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 →「アイティメディア退職と電子書籍『ジャンケン基本論』発刊のお知らせ



ジャンケン基本論』目次
第1章 確率論
第2章 駆け引き論
第3章 イカサマ論
第4章 気合い論
おまけ 表紙ができるまで――ラフイラスト公開

 ジャンケンとは罪作りな競技である。ほんのわずかな手の形の違いがあらゆることを決めてしまう。かくれんぼのオニ、ハワイ行きの権利、新曲プロモーションへの参加……時には命を賭けたギャンブルに使われることさえあるとマンガで読んだことがある。

 しかし、ジャンケンはプレイされる機会が野球やサッカーより、はるかに多いにもかかわらず、深い洞察の末に生み出されるようなテクニックは語られてはこなかった。

 “ただの3種の手の出し合い”と思うことなかれ。言うなればサッカーもただのボール蹴り。ただのボール蹴りにセットプレーやボランチストイコビッチといったカッコ良さげな名前が存在するのに、どうしてジャンケンにはないのか。

 あらゆる競技に極意とも呼ぶべき技術があるように、実はジャンケンにも奥の深いテクニックが存在する。この『ジャンケン基本論』は、筆者が編み出したジャンケン理論や、ちまたで語られるジャンケンテクニックを集め、そして発展させた作品である。

 「ジャンケンはそのランダム性こそが魅力なのだ」という意見もあるだろう。強者と弱者の力の差が歴然とするボクシングや将棋などと違い、ジャンケンではランダム性が存在するがゆえに、大人や子どもやお姉さんたちの勝利のチャンスが平等になっているのは事実である。

 また、「運悪く負けてしまい、ゴミ捨てに行ったら、勝った場合よりドラマチックなストーリーに巡り会えた」という話はありえないことではなく、むしろ昨今のマンガではそこから物語が始まるのが基本となっている。

 常に勝つ方がいいとは限らない。しかし、私は悲壮の運命主義に陥ることを勧めたくはない。重要な局面で勝利と敗北を自由に選べるということは、運命という名の神に身を委ねず、自らの意志を貫けるという点において、意義あることなのだ。少なくとも技術を知っていれば、それを使うか使わないかという選択ができる点で、知らないよりマシなのは確かである。

 ジャンケンの仕組みは、そのシンプルさにおいてすべての駆け引きの基本である。ゆえに、言うまでもないことだが、この理論はほかの局面にも容易に応用できる。そのため、「公平じゃないと意味ないじゃん」とジャンケンをこうして理論化することに抵抗を感じる方々にも、読んでいただければありがたいと思う。

第1章 確率論

 始めはストレートなアプローチ、確率をテーマにジャンケンを分析していこう。かつて、物理学者スティーヴン・ホーキング氏は「数式が1つ増えるごとに、その本の売り上げは半減する」という法則を示したことがある。従ってこの章では、確率を扱うにもかかわらず、数式は使用しない。気になる数値があれば、各自計算していただきたい。

 まず、次の中学入試にも出ないような確率の問題を解いてもらいたい。

 「AさんとBさんが勝ち負けが付くまでジャンケンをする。Aさんが勝つ確率は何%か?」(永遠にあいこが続くといった可能性は考慮外とする。以下の問題も同じ)

 裏をかこうとした人がいたら申しわけないのだが、正解はもちろん50%。では、次の問題。

 「Aさん、Bさん、Cさんがジャンケンをして、1人の勝者を決める。AさんかBさんが勝者となる確率は何%か?」

 正解は小数点第3位以下を四捨五入して66.67%。ここまでは容易に理解できるだろう。大切なのは次の問題だ。

 「Aさん、Bさん、Cさんがジャンケンをして、1人の勝者を決める。AさんかBさんが勝者となる確率は何%か。ただし、AさんとBさんは協力するものとする」

 前問と同じ66.67%では間違いで、正解は75%。

 1+1が2より大きくなることに、「なぜ?」と思われるかもしれない。もちろん普通にやっていては、この勝率にはならない。この問題のポイントは、AさんとBさんが協力するところにあるからだ。

 その協力とはすなわち「Aさんが常にBさんに勝つような手を出す」ということである。こうすると、ジャンケン1戦目で[Aさん+Bさん]陣営がCさんに勝つ確率が50%。1戦目で[Aさん+Bさん]陣営がCさんに負ける残りの50%でも、Aさんは必ず勝ち残るので、2戦目はAさんとCさんの1対1の勝負となり、そこでAさんが勝つ確率は50%。よって、[Aさん+Bさん]陣営の勝率は、合わせて75%となるのである。

 どうして、勝率が66.67%から75%に上がるのか? それは共同戦線を張るAさんとBさんが、同じ手を出すことを防いだからにほかならない。最終的に1人残ればいいのだから、2人が勝っても意味がない。そこで、1人を犠牲にして、Cさんを倒すチャンスを2回確保することによって、勝率の上昇を図ったというわけである。次の問題はこの応用編だ。

 「Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんがジャンケンをして、1人の勝者を決める。Aさん、Bさん、Cさん、Dさんのうちの誰かが勝者となる確率は何%か? ただし、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんは協力するものとする」

 前問を参考に考えると、要はEさんを倒すチャンスをできるだけ増やせばいいのだから、最初はAさん、Bさん、CさんがDさんに勝つ手を出し、Eさんが勝ち残ったなら次はAさん、BさんがCさんに勝つ手を出せばいい。これを繰り返せば、[Aさん+Bさん+Cさん+Dさん]陣営の勝率は93.75%になる。協力しなかった場合の80%に比べると、かなり高い勝率だ。

 しかし、この問題に「1人の勝者には1万円が与えられる」という注釈が付いたなら、話は違ってくる。便宜上、自分たち以外には協力するグループがなく、勝利時の賞金はグループ内で均等に分けるとすると、1人当たりの賞金の期待値は単独なら2000円、2人グループなら2344円、3人グループなら2569円、4人グループなら2344円、5人グループ(事実上の出来レース)なら2000円となり、3人グループの場合に最も期待値が高くなるのだ。

 では、N人でジャンケンをした場合、何人のグループを組めば1人当たりの利益が一番高くなるのか?

 プログラムを組んで計算したところ、3〜4人なら2人グループ、5〜6人なら3人グループ、7〜10人なら4人グループ、11〜16人なら5人グループ、17〜26人なら6人グループ、27〜42人なら7人グループが最善という結果となった。

 7人くらいまでのジャンケンなら、グループの人数を増やしていくのが有効だが、一定人数以上になると、それほど増やさなくても良くなる。1000人でジャンケンをする場合でも、13人グループが最も期待値が高くなるようだ。この場合のグループメンバー1人当たりの期待値は684円と、協力しない場合の10円の68.4倍にもなる。

 ただ、それだけ多くの人数でのジャンケンだと、あいこになる確率がほぼ100%なので、実際にやるとどれだけ時間があっても勝負がつかない可能性が高いのだが……。

現実に応用しよう

 次は新傾向の問題。算数の教科書のようになってきたが、数字が嫌いな方には申しわけない。こういう流れは第1章だけなので、もう少し我慢していただきたい。

 「定員2人のアルバイトにAさん、Bさん、Cさんが申し込み、ジャンケンで勝った2人を採用することになった。AさんとBさんが同時に採用される確率は何%か? また、AさんとBさんが同時に採用されるような最善策をとった場合、何%になるか?」

 最初の確率は、Cさんが負ける確率と同じなので33.33%。また、最善の策とはAさんとBさんが同じ手を出すことなので、2番目の確率は50%となる。先ほどまでの問題の傾向よりは分かりやすいだろう。

 最後はこれまでの問題を踏まえた上での実用編である。

 「AさんとBさんは大の仲良し。彼らは定員2人のアルバイトに応募したが、CさんとDさんも応募してきたため、定員の2人をジャンケンで決めることになった。AさんとBさんは一緒にバイトをするためにどうすればいいか? ただし、CさんとDさんを脅してはいけない」

 何も策を使わずにジャンケンすると、AさんとBさんが勝ち残って一緒に働ける確率は16.67%。だが、前問のように、AさんとBさんが同じ手を出す策を使えば、33.33%と倍になる。これが模範解答だろう。

 しかし、筆者が用意した正解はそうではない。筆者ならアルバイトに参加する気のない友達数人――仮にEさん、Fさん、Gさんの3人とする――をさらに応募させる。

 そして、ジャンケンでまずAさん、Bさん、Eさん、FさんがGさんに勝つ手を出すようにし、Gさんが負けた後はAさん、Bさん、EさんがFさんに勝つ手、Fさんが負けた後はAさん、BさんがEさんに勝つ手、Eさんが負けた後はAさんとBさんが同じ手を出すという策を使う。そうすると、AさんとBさんが勝ち残る確率は88.02%にまで跳ね上がるのだ。ただ、ルールには反していなくても、人の道には反しているので、使用時には細心の注意を払っていただきたい。

裏切りの報酬

 ここまで確率論を進めてきたわけだが、何か違和感を覚えた人はいないだろうか? 「最後の方はいいとして、1万円のあたりが……」という人である。

 そんなあなたは正しい。そう、これまで書いてきたことはあくまで理論であって、現実に即していないからだ。現実世界には、理論を乱すプレイヤーが存在する。それは俗に“裏切り者”と呼ばれる人種である。

 先ほどの1万円を5人で取り合うゲームの例で考えてみよう。Aさん、Bさん、Cさん、Dさんがグループを組み、Eさんに対抗しようとしていると仮定。この時、「Aさん、Bさん、Cさんが、最初のジャンケンでDさんに勝つ手を出す」と取り決めをしたとする。だが、ここでDさんが裏切って、逆にAさん、Bさん、Cさんに勝つ手を出したならどうなるだろうか。

 そうすると、Dさんは3分の1の確率で勝利、3分の1の確率でEさんと1対1の勝負、3分の1の確率で[Aさん+Bさん+Cさん]陣営とEさんとの勝負になる。

 その結果、全体で見ると、Dさんの勝率は53.82%、つまり期待値で5382円得られることが分かる。これは裏切らなかった場合の期待値である2344円と比べると、はるかに高い金額である。1回だけの勝負なら、たいていの場合、裏切り者が有利になるのだ。

 では、長期戦ではどうなるのだろうか。1つの例題をもとに考えてみよう。

 「Aさん、Bさん、Cさんがジャンケンをして、勝ち残った1人が100円をもらえるという試合を数回続ける。この時、AさんとBさんとの間で事前に協力の約束がなされ、賞金は山分けすることとなった。

 ここで1回目のジャンケンでAさんがいきなりBさんを裏切った場合が、裏切らずに協力し続けた場合より損になるのは、何回以上試合が行われる時か? ただし、Aさんが裏切った場合、以後、Bさんとの協力関係は解消されるが、その際にBさんとCさんが手を組むことはないとする」

 Bさんと協力している時のAさんの期待値(1回ごと)は37.5円、裏切った時の期待値は61.11円、裏切った後の期待値は33.33円。計算すると、短期勝負では裏切った場合の期待値の方が上回るが、試合を7回した時、協力した場合の合計期待値が263円、裏切った場合の合計期待値が261円と逆転し、それ以降は協力した場合の方が期待値でより優位になっていくことが分かる。

協力か、裏切りか

 前節で「ここまでの理論は現実に即していない」と書いたが、「1人だけしか裏切らない」と仮定している点で先ほどの理論も非現実的である。現実では、協力していたはずのプレイヤー全員が裏切った、などという光景を見ることも珍しくない。さらには裏切った後に手の平を返して協力したりもする。こうなってくると理論では記述不可能になってくるが、そのような状況を考える上で役に立つかもしれない実験について紹介したい。

 それはゲーム理論で最も有名とされる実験である。この実験では、「協力」と「裏切り」のカードを1枚ずつ持った2人が、どちらかのカードを同時に場に出す。双方のカードが「協力」だった場合はお互いに3点、「裏切り」と「協力」に分かれたなら「裏切り」を出した人が5点、「協力」を出した人が0点、双方が「裏切り」ならお互いに1点を獲得する。そして、これを決められた回数だけ繰り返す。参加者数は多ければ多いほど好ましく、参加者たちが総当たり戦を行って合計点数を競うのである。

 1980年、政治学者のロバート・アクセルロッド氏が、プレイヤーの代わりに「協力」と「裏切り」のカードの出し方を示すプログラムを世界中から募集、総当たりで戦わせて「最も優れたプログラムはどれか?」を決めるためのコンピュータ選手権を開催したことがあった。

 一度相手に「裏切り」を出されると、その後すべて「裏切り」を出し続けるフリードマンプログラム、最初の2回に「裏切り」を出し、相手が報復で「裏切り」を出さないと判断するや、それに付け込んでいくダウニングプログラムなどが集まる中、総当たり戦で最高得点を得たのは、トロント大学のアナトール・ラポポート教授が応募した“しっぺ返し”プログラムだった。

 “しっぺ返し”プログラムでは1回目に「協力」を出し、その後は相手が前回に使ったカードを使うように命令されている。つまり、「『裏切り』を出したら、次はこっちも『裏切り』を出すよ」ということで、“しっぺ返し”と命名されているわけだ。1試合単位で考えると、「しっぺ返し」プログラムは絶対に相手の得点を上回れないのだが、「協力」的なプログラムとWIN-WINの関係を築くことによって総当たり戦では高得点を得るのである。これをグループで組んで臨むジャンケンの長期戦に応用してみると、面白いのではないだろうか。

 もちろん、ほかの参加者たちのプログラムの傾向によっては、“しっぺ返し”プログラムが勝てないこともある。例えば、全員が一切「協力」のカードを出さないプログラムを組んでいたなら、「しっぺ返し」プログラムが優勝することはないだろう。

 また、点数条件を変えたなら、傾向も異なってくるはずだ。前述の3人ジャンケンで協力する相手を裏切る場合、裏切った試合のメリット(協力した場合より+23.61円)に比べて、裏切った後のデメリット(協力した場合より1試合当たり−4.17円)がかなり小さいので、裏切るモチベーションは高くなる。そして、試合回数が決まっている場合は、最後の1試合(点数配分によっては数試合)は裏切った方が必ず有利になる。

 短期戦では裏切りが有利になるものの、長期戦では反撃を示唆しながらも協力することが重要だと教えてくれるアクセルロッド氏の実験。死後の世界を語る宗教や、人との関係が切れにくいソーシャルネットワークの広まりは、他者との付き合いが長期化して協力が優位になる社会に変わるということで、世界平和に貢献していると言えるのかもしれない。

包囲網を突破せよ

 マンガ『ドラゴンボール』では、どんな相手でも電子ジャーやビンの中に閉じ込められる“魔封波”という必殺技があった。しかし、魔封波によって封じられそうになったピッコロ大魔王の息子、マジュニアは“魔封波返し”なる技を使い、逆に魔封波の使い手をビンに閉じ込めてしまう……。

 必殺技なるものに、弱点が存在するのはマンガだけではない。この確率論を用いたジャンケンでも同じだ。時に不幸にして、あなたが協力の輪に加われず、孤立することもあるかもしれない。

 だが、もしそういう状況に陥ったとしても、決して絶望してはならない。確率論を用いたジャンケンでは、組んでいること自体が弱点となりうる。なぜなら、誰かと組んでいると、「次に何の手を出すか」を伝えるための手段が必要となるからだ。

 その伝達手段は一般に、「勝負の前に出す手を決めておく方法」と「勝負中に何らかのサインによって次に出す手を伝える方法」の2種類に分けられる。つまり、それを見破れば、相手陣営の結託を逆手にとれるというわけだ。

 まず、「勝負の前に出す手を決めておく方法」はどう破ればいいのか。その場合は、出す手のパターンを読むことがカギとなる。ジャンケンでグー、チョキ、パーを均等に出していくやり方は、「グー→チョキ→パー」を繰り返す“順”パターン、「パー→チョキ→グー」を繰り返す“逆”パターンの2種類しかない。

 通常、“順”パターンは単純そうに考えられて避けられる傾向にあるので、1人の勝者を決めるジャンケンで、相手陣営(仮に3人とする)がパー、パー、グーと出してきたら、“逆”パターンで動く(次にチョキ、チョキ、パーを出す)と読んで、チョキを出すのが得策だ。

 「相手陣営がグー→グー→パー→チョキ→パー→グーといったように、“順”パターンや“逆”パターン以外の順番で出してきたらどうするんだ」という意見もあるかもしれないが、普通はそんなことは起こらない。そんな面倒なサインは覚えられないし、間違いも発生しやすいため、採用されにくいのである。

 「勝負中に何らかのサインによって次に出す手を伝える方法」はどう破ればいいのか。ご存じの通り、サインというものはありとあらゆるゲームに付いて回るので、筆者より読者諸兄の方が詳しいかもしれない。ジャンケンではグループの1人がサインを出し、残りのメンバーがそれに従うという形が一般的である(基本的にジャンケンは全員参加のゲームなので、見学者がサインを出すシチュエーションはあまりない)。

 サインには、手の形や足の開き方といった身体的サイン以外にも、「天気の話をしたらグー、景気の話をしたらチョキ……」といった麻雀のイカサマでも使うような言語的サイン、通行人の数を3で割って、あまりが0ならグー、1ならチョキ、2ならパーというような偶発的サインなどがある。しかし、そういったサインはプレイヤーの視線や言葉を注意深く観察すれば必ず分かるので、気付くことができれば、結束を破るための一歩となるだろう。

 ただし、いずれの手段でも、どれだけ注意したとしても、1回目の勝負から相手陣営の手を見抜くことはできない。また、1回手を出すごとに相談されてしまうと、破りようがなくなる。数の暴力が成立するのは、民主主義の世界だけではなく、ジャンケンの世界でも同じなのだ。「相手に組まれた時点で、すでにあなたは負けている」と言っても過言ではない。

 ゆえに、「正々堂々」を座右の銘とする人にとっては「相手を組ませないこと」、そうでない人にとっては「組まれたら組み返すこと」が、重要になってくる。この局面でのテクニックは、ヒューマンスキルの領域に入ってしまうのでここでは割愛する※。

※大切なのは普段の行いである。

第2章 駆け引き論

 「こんなもん、必勝法じゃねえ!」

 第1章を読んでから、あの空に向かって叫んだ人も多いだろう。確かにその通り。普通、ジャンケンは孤独に勝負するもの。誰かと組んで勝ってもうれしくないし、後ろめたい気さえする。そもそも余ったプリンの配分を決める程度のジャンケンで、「みんな組もうぜ!」と裏工作をしようとしても、「お前、ちょっと面倒くさい」と無視されてしまうのが社会というものである。必要とされているのは、1人で勝つ戦法なのだ。

 第2章の駆け引き論で紹介するのは1人で勝つ戦法、しかも第1章の確率論のテクニックにも勝てる戦法である。ジャンケンにおいて確率は重要ではあるが、確率を超えられるテクニックが存在するのだ。

 「駆け引き」とは、相手が次にどの手を出すかを予想することや、適当なことを言って相手を惑わす戦術のことを指す。ただ、まず本題に入る前に、グー、チョキ、パーそれぞれの出されやすさに違いがあることを基礎知識として知っておいてほしい。

 芳沢光雄著『ふしぎな数のおはなし』によると、1998年、当時城西大学教授だった芳沢氏が学生たちに協力を募って、ジャンケンのデータを集計したことがあった。その結果、725人が行った1万1567回のジャンケンで、グーが4054回(35.05%)、チョキが3664回(31.68%)、パーが3849回(33.28%)出されたという。

 また、2009年度自然科学観察コンクールで入賞した河合千晶氏の研究『You are the Champion!〜大相撲巴戦に関する先行研究の理論拡張と、ジャンケン必勝法の発見〜』で行われた1万回のジャンケンでも、出された手はグーが34.0%、チョキが31.6%、パーが34.4%と似たような傾向。

 そして、世界ジャンケン選手権を主催するWorld RPS SocietyのWebサイトでも、「チョキが出される確率は29.6%と、ほかの手より明らかに低い」と書かれている。つまり、特に策を弄しないジャンケンでは、パーを出しておけば勝率は上がるというわけである。

 ただ、Webサイト『サザエさんジャンケン学』によると、『サザエさん』の次週予告のジャンケンは2013年3月24日までに1081回行われたが、グーが350回(32.4%)、チョキが374回(34.6%)、パーが357回(33.0%)とチョキが最も多くなっている。そのため、リアルに行わないジャンケンの場合は注意が必要であるようだ※。

※ちなみに『サザエさん』を制作するエイケンに手の出し方をどう決めているか電話で尋ねると、「責任者に確認したところ、その質問には答えたくないということです」「夢を壊したくないとかそういうことですか」「そうですね(笑)」というやり取りがあった。

勝負をしよう

 では、策を弄する場合はどうなるか? うだうだと理屈を並べても分かりにくいと思うので、実際にジャンケンの3回勝負をしてみよう。勝負をするために、わざわざページを空けているので、お付き合いいただきたい。

 早速1戦目。ひと言だけ、言わせてほしい。

 「グー出します」

 20行ほど下に筆者の出す手を書いているので、10秒くらいは考えて、自分の手を決めてから進んでほしい。



















 僕の手はグーです。

 では、2戦目。再び、ひと言。

 「もう一度、グー出します」




















 僕の手はグーです。

 最後の3戦目。ここでもひと言。

 「もう一度、グー出します」




















 僕の手はチョキです。

 さて、あなたの成績はどうだっただろうか。文章上での勝負とリアルでの勝負とで、どのくらい違いが出るか分からないのだが、筆者がリアルで数十戦した結果、特に1戦目ではほとんど負けなかったという結果が出ている。

 1戦目、筆者の「グー出します」という言葉に対して、「グーは出さないはずだ」と考えて、チョキを出した人は少なくなかったのではないだろうか。

 筆者が実際にこの戦法を使う時には、「グー出します」と言った後にあごに手をやり、「うーん」と考える表情を3秒、クルっと後ろに180度回転してそのままの姿勢で2秒待ち、そしてギリギリ相手に聞こえるくらいの大きさで「よしっ」と言いながら前に向き直る、という演技をする。「考えているからには、そのままのグーは出さないに違いない」と相手に思わせることがポイント。こうしてチョキという“正解”に導いていくのである。

 また、演技とは別のテクニックであるが、「グー出します」と言った後、「僕はグーを出すんだけど、チョキを出して負けてもらえないかな?」と相手に頼んで、「いいよ」と言わせる手もある。「何で?」と断られることも多いのだが、「いいよ」と言ってくれるまでしつこく頼むことがポイント。もちろん勝負なのでこの言葉にまったく拘束力はないのだが、こうするとチョキを出してくれる確率が飛躍的に高まる。

 なぜなら、「いいよ」と言ってしまったことで、相手にはチョキを出して負けたとしても「約束したから仕方がない」という言いわけができるからだ。また、「いいよ(チョキ出すよ)」と言っておきながらチョキ以外の手を出すということは、「約束を破ってまで、本気でジャンケンに臨んでいる」ということも意味している。

 いっぱしの大人ならお分かりになるだろうが、本気で挑んだ勝負で負けるとかなり恥ずかしい。「チョキ以外を出したら勝てるかもしれないが、負けたら恥ずかしい。チョキなら勝てるかもしれないし、負けたとしても『チョキ出すって言ったわけだからな。負けて当然じゃん』と言いわけできる」……そんな思考を経て、相手はチョキを出すのである。普通の人はジャンケン程度の勝負で積極的にリスクを背負おうとはしないのだ。

どこまで“知っている”のか?

 この「グー出します」作戦を使う上で、最も大切なことは何か?

 それは相手がどこまでこの作戦を知っているかを見抜くことである。相手がこの作戦を知らない場合は、たいていチョキが出るので問題ない。注意すべきなのは、相手がこの作戦を知っていて、なおかつこの作戦を知っていることを筆者に知られていないと思い込んでいる時である。実際に筆者が知っていようと関係ない。この時、相手はもちろんパーを出す。中途半端な付き合いの相手だと、ここで誤算が生まれやすいので注意しないといけない。

 そして最後、相手がこの作戦を知っていて、なおかつこの作戦を知っていることを筆者に知られていると思っている場合、つまりは公然の秘密となっている場合はどうなるか。この時も相手は筆者がグーを出さないと考えて、チョキを出すことが多い。これが筆者が2戦目でもグーを出した理由である。

 では3戦目、なぜチョキを出したのか? それには理由がある。さすがに3戦目ともなると、連続でチョキを出した相手も「手を変えよう」という気になってくるものだが、それでも2戦目と同じ理由で筆者側はグーを出すと、経験的に勝率が最も高くなる。

 それは確かなのだが、前述のWorld RPS Societyのサイトによると、3戦単位で手を決める時、全27パターンの出し方のうち、「グー→グー→グー」「パー→パー→パー」「パー→チョキ→グー」「グー→チョキ→パー」「グー→パー→パー」「パー→チョキ→チョキ」「パー→チョキ→パー」「チョキ→チョキ→チョキ」の8パターンに人気があるという。3戦目に筆者がグーを出してしまうと、この中の「パー→パー→パー」に全敗してしまうので、チョキを出したというわけだ。

 もちろん、「グー出します」作戦は相手がある程度合理的に動いてくれることが前提にある。そのため、幼稚園児などと勝負する場合は通じないので、よくよく考えて使っていただきたい。時間が足りないといった理由から、相手がさっさとジャンケンを終わらせようとしている場合も、あまりかえりみられない傾向がある。

 また、この作戦は、多人数を相手にする時に最大の威力を発揮する。全員がチョキを出して自分1人に負けている光景はなかなか感動的なものがある(存在感が薄い人だと、「グー出します」発言を無視されがちなので注意してほしい)。

2択に持ち込め

 「グー出します」作戦も、あまり連発すると相手の出す手はバラバラになってくる。そんな長期戦の場合にはどう駆け引きをすればいいのか。そんな時に役に立つかもしれない1つの考え方を紹介しよう。

 サイコロを使ったギャンブルなどをしていると、しばしば同じ目(例えば6)が連続で出て、場が混乱に陥ることがある。この時、あなたは次に何の目が出ると予想するだろうか? 「もう6は出ないだろう」と考えて、6以外の目に賭ける人もいるかもしれない。しかし、筆者なら迷わず6の目に賭ける。

 どの目であろうと、出る確率が6分の1なのは変わらない。しかし、6が連続で出るという裏には何か理由があるのかもしれない。サイコロの角がすり減っていたり、ディーラーが目を操作していたりする場合である。どうせ6分の1の確率が同じなら、多少なりとも理由がある方に賭けるのが賢い選択と言えるだろう。

 同様にとはいかないかもしれないが、ジャンケンでもこれと似たようなことが言える。相手がグーを連続で出してきた時、次もグーを出すと読むべきなのだ。なぜなら、グーを連続で出した結果、相手の思考は「『グー』『チョキ』『パー』のどれを出すか?」ではなく、「『グー』を出すか、『グー以外』を出すか?」となるからだ。

 どの選択肢を選ぶ確率も同じとすると、前者でグーを出す確率は33%なのに対し、後者でグーを出す確率は50%となる。ここでは、できるだけ相手が後者の思考に陥るようにするため、「そういえば、グー、グーと連続で出しているよなあ」などとつぶやいて、相手にはっきり意識させることが重要だ。

 ただ、前述の芳沢光雄氏の実験によると、725人が2回続けてジャンケンをした回数1万833回のうち、同じ手を続けて出した回数は2465回(22.75%)だったという。身体的には同じ手を連続で出す確率は低いので、頭でどこまで意識させることができるかがこの2択戦術を使う上でのポイントになる。あまり、意識させることができないなら、芳沢氏の研究を利用して、相手が前回出した手に負けるような手を次に出して勝率を上げることを考えてもいいだろう。

 2択に誘う戦術はババ抜きなどにも応用可能で、例えばジョーカー入りの手札を10枚くらい持っている時、ジョーカーをあえて目立つ位置に配置する戦術がよく使われる。相手を「目立つ札を取るか」「目立つ札以外を取るか」の2択思考に巻き込むのである。うまくはまれば、通常に比べてはるかに高い確率でジョーカーを引いてくれることだろう(やりすぎるとさすがに見抜かれるが)。

 「本来選択肢が多数あるはずのものを、2択に持ち込む」というのはこうした駆け引きの基本である。

パターンを狙え

 集団戦での考え方も1つ紹介しよう。

 集団でジャンケンをすると、あいこが連続して、なかなか勝負がつかないといったことがよく起こる。そんな時は冷静にほかの人間を観察することをお勧めする。何度も続くジャンケンに飽きてきて、「グー→チョキ→パー→グー」のように、第1章で言う“順”パターンや“逆”パターンで出しているプレイヤーがいるはずである。それが分かれば、次からはそのパターンで出しているプレイヤーに勝つような手を出していけば負けなくなる。

 しかし問題は、この戦術を使っている時、自分の出す手もパターン化してしまうので、逆に誰かに狙われてしまう可能性もあるということだ。もし、自分の出す手に勝つようなパターンで手を出す人がいると、自分がマークしている人と合わせた3人であいことなり、勝負が終わらなくなってしまう。そのため、パターンで出している相手を発見したとしても、誰かにマークされていないか注意しなくてはならない。

 また、同じように飽きてきたプレイヤーの中には、同じ手を出し続ける人もいる。しかし、このタイプのプレイヤーは、パターンで手を出すプレイヤーと違って、気まぐれで違う手を出してくる確率も結構高いので、狙うのは控えた方が賢明だ。自分の出す手も変化がない状況が続くので、狙っているのもバレやすい。

駆け引きを捨てられるか

 駆け引きにはさまざまなポイントがあるとはいえ、最終的には各局面でケースバイケースで対応することが迫られる。そうした際には、月並みだが「自分が考えることは相手も考える」ということを心構えとして持っておくことが大切だ。

 自分があることを考え付くに至った環境的な条件は相手にも与えられうるだろうし、条件が同じならば当然自分と同じ思考過程をたどるだろうと認めること。もちろん、過大評価は避けないといけないが、これを心がけるだけで、勝敗の行方は随分と変わってくる。相手が物心のつかない子どもであったとしても、決してあなどってはいけない。たいていの競技では実力差があれば多少油断しても勝てるが、ジャンケンという特殊な競技では1つの読み違いが致命傷になってしまう。

 そして、時には非常につらいことではあるが、相手の駆け引きの能力が自分の駆け引きの能力を上回っていると認めざるをえない場合がある。どんなに考えても必ず裏をかかれる、自分が出そうと思っていた手を相手がすでに読んでいると考えて直前に手を変えてもやっぱり負ける、勝率が3割を切ってしまっている……そんな時である。

 もちろん、偶然かもしれないが、多くの場合それは自身の駆け引きの弱さに起因しているのだろう。そして、その弱さは試合中には克服できないものである。そんな時にはどうすればいいのだろうか?

 「自分には読み合いで分が悪くなる相手はいないから関係ない」という人もいるかもしれない。だが、前途ある若者なら何かを忘れていなければ、2年後の自分は今の自分よりずっと成長しているはず。今の自分が2年後の自分と勝負したら遅れをとるはずなので、そんな人には2年後の自分が仮想敵として現れたと考えて読み進めてほしい。

 ジャンケンという競技の性格上、相手の力を認めることができれば、勝率を5割まで戻すことが可能である。つまり、駆け引きの戦いをやめてしまえばいいのだ。どうすればいいのかというと、サイコロ1つをこっそり振って、1か2が出ればグーを、3か4が出ればチョキを、5か6が出ればパーを出すのだ。

 この時、感情を顔に出してしまうと駆け引きに参加することになってしまうので、ジャンケンの前には無表情でいることを心がけ、何も喋ってはいけない(黙っているのも一種の駆け引きだが、喋っている時より、はるかに読まれにくい。個人的には笑顔も読まれにくいと感じる)。ジャンケンの面白みは半減してしまうが、これだけで相手の駆け引きの能力には関係なく、勝率を5割まで戻せるのだ。

 ただし、これもまた理論上のこと。現実には感情という要素が介入してくる。

 筆者なら相手がサイコロを使おうとしたとしても構わずに「グー出すよ」と宣言する。こう言われた相手は、サイコロを振って5か6が出た時、果たしてパーを出せるだろうか? 先ほどのジャンケン3回勝負で「グーは出さないはずだ」と思った人なら、パーを出す気にはなれないのではないだろうか。

 そのため、5か6が出ると、誰もサイコロの目を見ていないのをいいことに、「今回だけは特別」「これは練習」などと勝手な弁解を自分に言い聞かせ、サイコロの目より自分の判断を優先させてチョキを出してしまいがちになるのだ。そして、グーを出されて負けると、「サイコロの目が悪かった」などと言いわけして、自分のとった行為とそれが招いた結果を反省しない、ということはありがちである。

 つまり、このサイコロ作戦を使うには、相手の力を認めることに加えて、サイコロの目を受け入れる度量も必要なのだ。駆け引きに強い人ほど、自分の判断を優先しがちになるので注意してほしい。

第3章 イカサマ論

 ジャンケンの必勝法を求める人にとっては、第1章や第2章はいささか期待外れに終わったかもしれない。もちろん、第1章や第2章のやり方でも勝率は上げられるのだが、確実性には欠けてしまうからである。実はこの第3章でも、残念ながら必勝法を示すことはできない。しかし、必勝法ではないが、限りなく必勝法に近い方法をここでは解説していこうと思う。

 さて、ジャンケンで絶対に勝つためにはどうすればいいだろうか。1つの方法としては、黒服にサングラスなアニキたちを時給5000円で雇い、「兄ちゃん、パーはグーに負けるんやで」と相手に優しく教えてあげるというものがある。だが、時給5000円は少々高すぎるのでダメである。また、「ジャンポン」と素早く略して言って手を出し、相手の後出し負けを狙う作戦もある。しかし、意外と反応が早い人も多いので、この作戦も失敗に終わりがちだ。

 こうした作戦より現実的な策として、テレパシーで相手の思考を読み取るという作戦がある。相手がグーを出すつもりで間違ってチョキを出してしまったとか、隣のジョセフ・ジョースターがコントローラーを操作していたといったことがあるかもしれないが、これはなかなかに有効な策である。唯一の欠点は「それは無理だ」ということだが。

 だが、たとえテレパシーが使えなくても、私たちはそれに値する効果が見込める必殺技を知っている。“後出し”……それがその禁じられた技の名前である。

後出しの高速化

 “後出し”……、その甘美なる響きは我々の心をとらえて放さない。日本人にとっては、引き出しや昆布だし並みに馴染み深い言葉である。その真実を見極めるため、後出しをいくつかのプロセスに分けて分析してみよう。

フェイズ1【確認】:相手の手を目で確認する

フェイズ2【理解】:相手の手を脳で理解する

フェイズ3【思考】:相手の手に勝つ手を考える

フェイズ4【変化】:自分の手を相手の手に勝つ手に変える

フェイズ5【勝負】:手を出す

 後出しを完璧にこなすためには、この5つのプロセスを相手が手を示してからの一瞬で消化しなければならない。しばしば、「後出しをしたかどうか」で言い争う光景を見かけるが、たとえ少し遅れて出されていたとしても、それは意図的でないことがほとんど。ちょっとタイミングが外れただけだろう。

 なぜなら、この5つのプロセスをこなすためには意外と時間がかかるので、普通の人が短時間でこなすのは不可能だからだ。また、練習を積み、ある程度、時間を短縮することに成功したとしても、相手に気付かれないほどのスピードを得ることは困難だろう。

 では、構造的に時間を短縮することはできないだろうか。1つの案として、相手の構えの段階での手(勝負に入る前の握り。普通はグーかパー)を見て、あらかじめ自分の手をそれに勝つような手にしておくという策がある。常に時間を短縮することはできないが、相手が構えのままの手を出してきた時は、フェイズ2【理解】〜フェイズ4【変化】のプロセスをカットして、フェイズ1【確認】からフェイズ5【勝負】へすぐに移れる。

 だが、この方法では、相手が構えの手から変えて出してきた時は、変える候補が2択になるとはいえ、その2択に対処するため、フェイズ2【理解】〜フェイズ4【変化】までのプロセスが必要になってくる。しかも、この2択の対処に要する時間は、3択の対処に要する時間と変わらないのである。

 2択が3択に比べて有利な点として、「AでなければB」が成り立つことが挙げられる。もし3択なら、「AでなければBかC」となり、1つの選択肢を消去できたとしても、それが解答を得ることには直結しない。

 では、「相手が手を変えない時はAの手。変えた時はBの手」というように、何とか2択の作業に落とし込めないだろうか。もし、2択にできるのならば、フェイズ2【理解】とフェイズ3【思考】のプロセスを略すことができるのだが。

 マンガ『HUNTER×HUNTER』14巻では、それに対しての1つの解決策が示されている。確かに「必ず勝つ」ためには、グー、チョキ、パーの3つの手を使わなければならない。しかし、それがかなり難しいことはここまで書いた通りだ。そこで、『HUNTER×HUNTER』では、必勝法から少し妥協した「相手に負けない」方法を提示しているのである。

 相手に負けないために必要な手は何種類か?

 正解は2種類である。そう、これなら先ほどの2択が実現できるのだ。これを踏まえた、「負けない」ための後出しプロセスは次のようになる。

フェイズ1:相手の構えた段階での手を見て、あらかじめ自分の手を相手に勝つような手に変えておく(これに時間はかからない)

フェイズ2:相手が構えの手から変えようとしたら(何に変えるのかが分かるまで待たなくても、変えることさえ分かれば)、即座に自分の手を相手の構えの手に負けるような手に変える。相手が構えの手から変えないのなら、自分も手を変えずにおく

フェイズ3:手を出す

 こうすることによって構造的な時間を劇的に短縮することができる。目と手を直結させたことによって、頭で考える時間を消し去っているのだ。

後出しの宿命

 実際にこの技を使ってみると分かるのだが、相手が構えの手を変えずにそのまま出してきた時の対処が最も難しい。ついつい自分の手を変えてしまうのである。また、相手が本当に手を変えないかどうか、最後の瞬間まで見切らなくてはならないため、どうしても自分の手を出すのはその後、つまり1テンポほど遅れてしまいがちになる。

 だが、ついつい手を変えてしまうのは練習で直せるとしても、1テンポ遅れてしまうのは“後出し”をする以上、避けられない宿命である。そのため、「『ジャンケンポン』の音頭を自分がとる」「アクションを大きくする」「勝負の前にアルコールを入れる」といった細かな技巧を使って、うまくごまかすのがカギとなってくる。

 それでも相手にクレームを付けられた場合には、「負け犬の遠吠えだな」と神聖な勝負結果を交渉でひっくり返そうとするあさましさを指摘してプライドを刺激したり、「こんな一瞬でお前の手に勝つ手を考えて、それに変えることができると思っているのか?」と相手の理性に冷静に訴えたりすれば、クレームをつけた相手は引き下がるだろう。

 相手が構えの手から変えず、自分がそれを見切るために1テンポ遅れてしまった時でも、「タイミングがずれただけだし」と言えば、たいていの相手は「まあ、そうかなあ」となるものだ。しょせんジャンケン、ビデオ判定も存在しないので、相手の記憶の中の後出しイメージなど言葉で何とでも変えられるはずだ。

 多くの場合、相手も本気で後出しができるとは思っていない。負けて悔しいから腹いせにイチャモンを付けるのだ(この場合、“正当な”イチャモンではあるのだが)。誰しも自分が細かいことにこだわるしつこい奴とは思われたくないはずなので、そのあたりのプライドをくすぐればうまく切り抜けられるだろう。

「負けない後出し」の欠陥とは

 もちろん、この「負けない後出し」にも欠点は存在する。それは多人数でのジャンケンの場合だ。構えをマークしているターゲットには負けないのだが、マークしているターゲットとあいこになる手を出した時、ほかの参加者がそれに勝つ手を出すと、負けてしまうのだ。また、臨機応変に手を変化させるという性質上、誰とも協力できないため、確率論や駆け引き論との併用も不可能である。

 したがって、この技は、1対1ではいかなる駆け引きをも打ち破る無敵の強さを誇るが、多人数戦では勝率を上げることはできるものの、第1章や第2章の手段に比べると、あまり有効ではないのだ。

 では、1対1では「負けない後出し」は絶対に破れないのか? 実はほかのテクニックと同じく、これもまた“絶対”ではないのだ。

 この技の“無敵”の2文字が消される、その1つの解答としては、構えの段階からジャンケンポンのポンの掛け声の寸前までグー→チョキ→パー→グー→……と手を変え続け、「負けない後出し」におけるフェイズ1【確認】の作業をするのを防ぐという策がある。

 しかし、この策ははたから見ていてとてもエレガントとは言えないし、何より勝率は50%に戻るだけなので、たいして利益はない。相手の技をうまく利用して50%を超える勝率をたたき出してこそ、「技を破った」と言えるのである。それには「負けない後出し」の欠陥を突く必要がある。

 「負けない後出し」の欠陥とは何か?

 それは「1度手を変えてしまうと、もとに戻せない」ということだ。つまり、フェイントに弱い点である。「負けない後出し」はいわば剣道における上段の構え、一撃必殺の技なので、一度動いてしまうとスキだらけになってしまうのだ。

 具体的に書こう。もし、あなたが構えの段階でグーを出しているなら、「負けない後出し」を使おうとしている相手は、構えの段階でパーを出していることになる。そこで、ジャンケンポンの掛け声のポンの寸前で、あなたが一瞬パーに手を変え、ポンで再びグーに戻せば、相手はこのフェイントに引っかかって、チョキを出してしまうはずである。こうすればあなたの勝率は100%となり、技を破ったと言えるだろう(ただし、タイミングを逸すると、逆に後出しの反則を取られるので注意が必要)。

 このフェイントは、「負けない後出し」を使おうとする者にとって、極めてやっかいな問題である。ゆえに、当然ではあるが、勝負前に「負けない後出し」の使い手であることを相手に明かしてはならない。また、「負けない後出し」の使い手同士の対戦となった場合、先の理由によって僕なら破る側に回ることを選択する。

 だが、だからといって「負けない後出し」が弱いというわけではない。フェイントの効果が如実に現れるのは、技の使い手が未熟な場合だけだからだ。それなりの鍛錬を積めば、フェイントが見切れるようになってくるし、さらに鍛錬すると、構えの手をグー→チョキ→パー→グー→……と変えていくエレガントでない策にも対応できるようになってくる。

 なぜなら、ある程度「負けない後出し」がうまい人は、ジャンケンポンの最終局面で相手の手が閉じていくか(グー)、開いていくか(チョキかパー)で自分の手を決めるからである。

 とはいえ、それほどの達人を相手にした時でも、対抗策は一応ある。やり方は簡単。構えの段階で手をグーにして、甲を相手の方向に向ける。そして、ジャンケンポンで、相手と逆の方向(手の甲に隠れて相手から見えない方向)に中指と人差し指を伸ばしてチョキにすれば、グーのままだと勘違いしてパーを出す「負けない後出し」の使い手に勝てるのだ。

 ただ、1対1の勝負だと、相手からは単なるイカサマのようにも見えるので(手を確認してから、死角にこっそり指を伸ばしたように見える)、第3者としてお互いの手を確認してくれる審判がいなければ、このカウンターは成立しないだろう。

 そういうわけなので不幸にも審判をしてくれる人が見当たらない状況だと、もう対処の仕様がなくなる。そういう場合は、「手を出すところを見るな」としか言いようがない。何かを決める時なら、コイントスなどに移行するのが無難だろう。イカサマをしている雰囲気の客がいたら、下手に対抗せず、出入禁止にするのが賭場でも常道の対応なのである。

【参考文献】
つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで 』(ロバート・アクセルロッド著)
ふしぎな数のおはなし』(芳沢光雄著)
http://www.shizecon.net/sakuhin/50jhs_aki.html』(河合千晶作)
サザエさんジャンケン学
HUNTER×HUNTER 14』(冨樫義博著)
じゃんけん必勝法


 ……ここから先はあまり重要ではない「第4章 気合い論」「おまけ 表紙ができるまで――ラフイラスト公開」なのですが、興味を持たれた方はKindle版『ジャンケン基本論』をチェックしていただければありがたいです! ケータイでもKindleアプリ(iPhone、iPod touch、iPad版Android版)をダウンロードすれば読めます。

 ちなみに表紙は端末で他のKindle本を探す時にも目につくところなので、元気や癒やし、安らぎを得られるような雰囲気を意識してみました。観賞用としてもオススメです!